いつかの現在地

2019/8/30引越し

過去2

高校生になった僕は次第にいろいろなことを知った。

いつも祖母の言う事に肯定的な母。二人で世間話をして笑っている。
その母が、母の実家で見せたうちの祖母に対する激しい悪口や陰口。
母のいない時に電話で話す祖母の口から聞こえてくる本音。
そしていつも自分はその両方の場所に居合わせた。


祖母は80になるというのに、畑はやるし毎日簿記を付けるし新聞も読むし友人も多い。

よく働いて頑張って、周りの同年の人たちと比べてもとにかくすごかった。
幼くして両親は他界、6人の兄妹の子守りをしながら自分は働き、結婚した後も50年もの間ダメな夫を引っぱってきた。
今の彼女の負けん気も有能さも、彼女が歩んできた壮絶な生涯を物語っていた。

それでも祖母ももう80歳。いついなくなってもおかしくはない。

その時自分が後悔しないように。
そう思って、「年寄りが1階で若いのが2階」という目に見えないが確かにできつつある隔たりに、祖母が寂しい思いをしないように、僕はご機嫌取りをしてきたし毎日必ず祖母におやすみと言った。



祖母と祖父の喧嘩は日常茶飯事だった。


喧嘩と言っても口論がほとんどで、手をあげるようなことはほとんどなかった。そしてその多くは、祖母の正論を含んだ言いがかりのようなものから始まり、祖父は終始祖母に叱られているような状態だった。
些細なことで祖母が怒り、母が味方し、そのうち黙っていた祖父も怒鳴りだす。2階で勉強していても、怒鳴り声や激しく戸を閉める音が下から響いてくる。そんな中で勉強に集中できるわけがなかった。大学受験を控える兄ははなれの一室に移って勉強をするようにしていた。


祖母と祖父の喧嘩は、僕が小学生の家庭訪問の時に笑いのネタにしていたくらい、ずっと前からあったことだが、祖父が診療所を退職し、家の中で1日を過ごすようになったころから、その回数が増えていった。

それに合わせて、いつも家にいてその言い争いに巻き込まれる母は徐々にストレスを蓄積させ、僕ら子供の前でも、祖母や祖父に対する悪口を言うようになった。
その頃から、家族がバラバラになっていくような漠然としたものを僕も感じ始めていた。


12月。いよいよ大学の受験勉強も大詰め。
兄が模擬試験や講習会で家を空けることが多くなった。


「わしゃあの自慢の孫たちな」が口癖の祖母は、兄がもうすぐ家を出ていくということの寂しさからか、頻繁に祖父に言いがかりとしか思えないようなことを言っては下らない口論を巻き起こした。
「とろい」「どんくさい」「働かんくせに食べる時ばっかり一番に出てくるな」
朝食、昼食、お茶、夕食と家族が顔を合わせるたびにそんな言い争いが繰り広げられる。
祖母と祖父だけでなく、当然そこに居合わせる家族の他のメンバーもストレスを蓄積していった。

12月のある日。その日は親戚のおばさんが来て皆一日中忙しかった。

おばさんは夕方に帰っていき、その後母と妹と僕で夕飯の材料を近所のスーパーへ買いに行った。
買い物から帰ってきて、2階で僕と妹が勉強していると、かなり腹を立てた様子で母が階段を上がってきた。
「おばあちゃがなんかプリプリ怒っとる。機嫌取ってきて。わたしはもう知らん。」
どうやら買い物の帰りが遅かったことで祖母の機嫌がさらに悪くなったらしい。
そして母はそんな祖母の自分だけが苦労していると言うような態度が頭に来たらしい。
「自分の親でしょ?機嫌取ってきなさいよ。」と隣の部屋でテレビを見ている父に言うが、父もさっき仕事から帰ってきたばかりで疲れているのか何も答えず、母はさらにイラついていた。
自分もイラっとしながらも、母も父も働いて疲れているんだからまぁしょうがないかと思い、下へ降りて同じこたつに入ってひとしきり祖母の話を聞いてあげた。


夕飯の後も母は怒ったままで、妹と僕が気を利かせて部屋の片づけや寝る準備をしておいても、母の反応は冷たく、「いつも出来るくせにやらんだけだ。」と言い捨てた。その空気に耐えられず妹は部屋を出て行ってしまい、僕も抑えられなくなってきた。

「我慢しているのは僕だって同じなんだ、お母さんが一人で怒ってるだけじゃんか。」
「そうだよ。私が勝手に怒っとるだけよ。」
開き直った様子の母。
「せっかく部屋もきれいに片づけたのに。」
「いいよ、悪魔はもう寝ますから。」
思ってもいなかった悪魔という言葉。僕や妹がそんなことを思っているとでも思ってるのか。誰のために。ふざけんな。
母を睨みつけた。
「え、なに刃物?これでいいじゃん、はいはさみ。」

十数秒間もの沈黙の後、部屋を出て階段を下り、はなれの自分の部屋の戸を閉めたところで抑えていた怒りが湧きあがってきた。何かを破壊してやりたい。ぶち壊してやりたい。壁を殴りつけて穴をあけてやりたい。

その衝動をこらえると涙が出てきた。僕はいつも家族をなんとかまとめようとしてたのに。昨日の夜、母や祖母、周りの人に感謝しようと決意して紙に書いて引き出しの中にしまったばかりだったのに。


その後、向こうの家からの呼び出し音が鳴り、涙の後を消して家に戻り、祖母の塗っていた針に糸を通して、テレビを見て、普通に風呂上がりを過ごし、おやすみを言って寝た。