今
今、さっき、父のことを「あんなやつ家族のことを考えてない」と言った祖母に対して、私は怒った。
多分、何年かぶりに。
週に半日だけの休みで、酒を飲むわけでもなく、パチンコに行くわけでもなく、ゴルフも釣りも、なにもせず、できず、私が帰ってくる日曜に併せて休みをとって、買い物に、畑仕事に。
そんな父に対して、あんなものよばわり。カチンときた。
息子が父のことを悪く言われてキレた。
ただそれだけのことなのに。
祖母はきっと理解できない。
「だれも私の気持ちを理解してくれない。」「私の苦労を分かってくれる人は誰もいない。」「お前らみんな薄情ものだ。」
きっと、祖母はそう言って、論点をずらし、曲解する。
今はベットで一人スンスンと音を鳴らしながら泣いている。
今頃きっと、かなしいかなしいと、誰も私をわかってくれないと、悲劇の渦中にいるはずだ。
ああ、存分に悲しめ。泣け。お前が、今までどれだけの人を傷つけてきたか。悲しませてきたか。
今まだ、人の形をし、考え、生きているなら、心揺らして悩んで苦しんで考えろ。
事実を捻じ曲げ、やつあたりをし、シンデレラ気分で。どれだけのひとを苦しめて来たか。
違う。そうじゃない。
この後、夕食に現れた祖母は、きっと、「わしはもう施設に入る」「こんな冷たい家族しかいない家にいてもつまらない」「どこででも死ねばいいんだ」などと、涙ながらに訴え、また話がこじれる。ストレスはマッハ。
分かっていたはず。俺が一番。もう何回、何十回、繰り返してきたか。
自分はもう今日、これから帰る。残された母と父が、妹が、その勘違いと曲解の被害を受けるのだ。
なにやってんだ。俺は。
それはきっと伝わらないと、私が一番分かっていたはずなのに。
いつものように、適当に聞き流して、あとで父にフォローを入れればよかっただけだ。
そうすれば、いつものように祖母は機嫌よく夕飯を済ませ、またいつものように翌日を迎えるだけだったはずなのに。
父と母がこらえて我慢して耐えてきたそれを、正義ずらして壊して、明日からはまた仕事、後はよろしくさようならか。
ばかか。
くそ、くそ。くそ。
いずれそうなっていた?もう限界だった?誰が壊すか、それだけの話だった?
そうかもしれない。でももっといいやり方があったかもしれない。
何のために、毎週帰ってきてるんだ。
何をやっているんだ。
どうみても老人性うつだ。普通じゃない。
それだけじゃない。世間知らずのお嬢様、パーソナリティの異常。幼いころの不幸。苦労。承認不足。
それゆえか否か、我が儘。孤独。八つ当たり。暴力。
彼女はただ、ひたすらに正直なだけ。人間そのもの。
悔しければ僻み、嫉妬し、寂しいから人に当たり、褒められればうれしい。
彼女の言動行動一つ一つが、ひどく醜く見えるのは、それが誰もが持っているものだからだ。
皆が、自分が耐えて堪えて飲み込むそれを、彼女は隠さず隠せず外へ出す。そんな姿に苛立つのは、その心の動きを、自分も持っているものだからだ。
彼女は悪人ではない。ただ馬鹿なだけだ。
分かっている。
だから、ぶつけてみたかった。久しぶりに。
少しくらい、へこむべきだと思った。
作られた優しい嘘の中で、一人幸せに死ぬなんて、都合がよすぎるだろうと。
今まで全部の痛みとつりあわなくても、せめて少しくらい悲しめと。
愚かだ。分かっていて投げた。
もう、数日は収拾がつかない。でも自分はここに留まれない。
愚かで、無責任だ。
いっそ、俺を刺してくれればいい。
どうする。俺はこのあとどうする。
だれに幸せになってほしい。そのために必要な言葉はなんだ。
さがせ。どうせ見つからない。
伝わらないと知っていたから、投げなかったのだ。
さがせ。本心はいらない。嘘でもいい。さがせ。
作り物でもいい。一応平和な明日を迎えるために。まだ間に合うなら。
一番、気持ちよく、響き届くことばを。さがせ。まだ間に合うなら。