いつかの現在地

2019/8/30引越し

ららマジの好きなところ(4)



 
(ご注意)
ららマジメインストーリー第二幕、第十一幕のネタバレが含まれています。

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亜里砂・エロイーズ・ボー=ボガード

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その辛辣な物言いに、初めて見た人はツンデレかと思うかもしれませんが、実際は真逆。裏表がなくて思ったことははっきり口にするとっても素直な子です。

つまらなければつまらないと言うし、楽しいときには本当に楽しそうに笑います。だからこそその笑顔に惹かれます。

怒った顔もとぼけた顔も、ころころと変わる表情が可愛くて、可愛い上にスタイルも良くてそのうえ可愛くてなんといっても可愛い。
そしてプロのトランぺッターとしての矜持と実力を持ったららマジでも屈指の強キャラです。

「言い訳するための努力なんて、安っぽいことしてないデスカ?」

日曜日の夜、明日からの仕事やだなーめんどうくさいなーって思いながらららマジにログインすると亜里砂先輩がこんな突き刺さることを言ってきます。


そんなわけで、もともと五本の指に入るくらい好きな子だったんですが、
この度、公開されましたメインストーリー第11幕見て、大大大好きな子になりました。


11章のボリューム的に全部の感想を述べようとすると文字数が足りませんし、今回は「亜里砂先輩の好きなところ」について独断と偏見で一方的に語っていきたいと思います。(誰得

※後にいくほど文字ばっかりになりますのでご注意ください。























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いきなりクライマックス。
 
このセリフ。この眩しいほどに力強いセリフ。11幕で一番好きなセリフです。



果たして、こんなにも堂々と「自分の人生は幸せに満ちている」と言い切れる人がどれだけいるでしょうか。

このセリフが最強なのは、この言葉が強がりでも過信でもないところです。



自分の歩いてきた道。
自分で選んで、決めて、努力してきた今までの自分たちを知っているから。

だから自然とこの言葉が口から自然と出てくるんだと思いますし、それが本当にかっこいいなって思います。


亜里砂は、自分勝手で傍若無人な人間ではありません。
思ったことをストレートに口にするだけで、ちゃんと愛情と思いやりを持った優しい子です。

メインストーリーでの両親とのやりとりを見ていれば、愛情をかけて育てられてきたこともわかりますし、その愛情をしっかり受け止めていることも伝わってきます。

 
だからこのセリフは、ただ自分だけを持ち上げるだけのものではなく、

愛情をこめて育ててくれた両親、自分の人生に関わってきたいろんな人、そして今までここまで歩んできた全部の自分
に対する感謝と信頼が込められた自信
なんです。

たとえ、いま目の前でくよくよと立ち止まり不安に苛まれている人がいたとしても、そんな自分の周りの人までまとめて巻き込んで肯定してしまうような、そんなでっかい器を見せつける、無敵で素敵な自信です。
 
 

 
 
 
 
 


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ずっと憧れてきた夢の舞台か、それとも今いる場所か―。
 
こういう二択って、物語の佳境でけっこうよくある葛藤ですよね。
 
これ以上投げ続けたらプロ野球選手になれなくなってしまうかもしれない。それでも君はこんな1試合のために、夢を捨てるというのか。とか。
昔からずっと好きだった憧れの人から好きだと告白された。なのになぜか心の中にアイツの顔が…。とか
 
私が知っている限り、往々にして、そういう場合は、後者が選ばれることが多いです。そして、亜里砂も後者を選びました。
 
ずっと目標にしてきたフランスの歴史ある楽団からの共演依頼を蹴り、高校の部活の幼稚園公演を選びました。
 
 
 
私みたいな才もない、努力も足りない人間から見た率直な意見としては、
 
「そんなの絶対フランスに帰るべきだ」って思います。思いました。
 
ていうか、普通に考えてみてください。
 
オリンピック出場がかかった大事な試合と、学校の体育祭と、どっちを優先しますかってレベルの話です。
 
 
部活の公演なんて、今回だめでも次の機会があるだろうし、たとえ部員に迷惑をかけたって、それ以上のものを手に入れられるんだから、フランスに帰るべきです。
ていうかもしも私が部員で本人が迷ってるなら、かまわずにすぐに帰れって絶対言います。
 
でも亜里砂は部活の幼稚園公演を選びました。
そしてそれは、器楽部のメンバーに申し訳ないから、なんて理由じゃありません。
 
亜里砂は、今自分がしたい方を選んだ
損得とか、誰の迷惑とか。そんなことは置き去りにして。
 
 
亜里砂の人生が、「亜里砂を最強のトランペット奏者にするだけのゲーム」なら、迷う余地などなく前者一択です。
 
きっとどんな分野でも世界でも、トップに立つ人っていうのは、普通の人たちが過ごている時間とか思い出とか目的達成に不要ないろんなものを削り落として、諦めて、それと引き換えにその輝かしいてっぺんに立っているんだと思います。
 
 
だから、心のやけどを押し隠したまま、抱いていた憧れを捨てて、普通の人の幸せと引き換えにしても、その頂を目指すことはある意味当たり前かもしれません。
 
でも、亜里砂はちょっと違ったみたいです。
 
 
 
音楽は大好き。より素晴らしい演奏を届けたいと思っているし、賞賛だって得たい。その気持ちは本当。嘘じゃない。
 
でもそれは誰かに強いられたんじゃなくて、自分で選んで歩いてきた道で。
それが、今までのプロのトランペット奏者だったというだけで。
 
 
自分が心から望んで、自ら選択して選んできた結果が、今のプロトランペット奏者という自分で、その自分が今心から望んで、ここにいたいと願うのがこの器楽部だから、私はここに残る。
 
それが亜里砂にとって一番大事なこと。
 
あなたにとってのその夢はそんな軽いものだったの?とか
そんな甘えたことでトッププロになんてなれるわけがないとか。
 
違います。
 
 
 
 
「夢を見つけて、夢を目指して、夢を現実にして…それでもその先に夢を見続けている。」

 
これが、亜里砂の生き方です。
 
そうやって生きてきた結果がプロのトランペット奏者だっただけ。
そしていま新たに見つけた夢がこの器楽部だった。
 
 
亜里砂の姿勢は、すがすがしいほど一貫しています。
器楽部を選んだ亜里砂の芯はぶれているどころか、真っすぐなんです。
 

「弱さ」なんかじゃない。って多分そういうことなんです。
 
このまま日本で学園生活を普通の送りながらぬるま湯につかっていたいとかそういうことじゃなく、今自分が望む場所に自分を置くという、今まで亜里砂が歩き続けてきた、亜里砂の道そのものなんです。
 
そんな亜里砂だから、きっとまた、この楽団から依頼は来るんでしょうね。
 
 
 
 
 
 
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「あんたの音楽は、まずあんたのためにある」

2幕3章の紗彩ちゃんのセリフ。

 
 
「ワタシが演奏する限り、ワタシの音楽は、ワタシと共にある」
 
11幕3章の亜里沙のセリフ。
 
 

凡人と天才。
 
持って生まれた力も、見てきた景色も違うはずなのに。
鳥肌が立つくらい、その根っこは同じです。
 
「音楽」に真剣に向き合おうとした者だけが辿り着くことができる、そんな領域なんでしょうか。
 
わたしはどちらもかっこいいって思うし、どちらも愛おしく思います。
 
 
 
 
例えば、

「下手でも楽しければそれでいいんだよ。」

って言葉は、使い方を誤るとものすごく薄っぺらいものになります。
 
努力もせずへらへらと。ただ漫然と自分の満足のためだけに音を鳴らす。
そんなのは、真剣に向き合ってる人からしたら不快極まりないし、そんな演奏聴いてる人にも響かない。


例えば、紗彩ちゃんが磨き培ってきたヴァイオリンの演奏は、コンクールで賞を獲る人のそれと比べたら、確実に劣っている部分があるんでしょう。

けど、もしその道のりの途中で、才能ないからもういいやって、投げてしまっていたなら、今ここにいる紗彩ちゃんの演奏はないんです。

持って生まれた才能差とか個体値とか。そんなのは当然にしてどの世界どの分野、誰にでもあって。

たとえ、限界ぎりぎりまで努力して技を磨いてきたレベル100の紗彩ちゃんが、誰か天才のレベル10にすら及ばなかったとしても、その紗彩ちゃんから見える今の景色は、ここまで頑張ってきた紗彩ちゃんだから見える景色なんです。

その景色を見られただけでも、そこまでの道のりは絶対に無駄なんかじゃなかったんです。

努力を辞めてしまった紗彩ちゃんにはきっと届けることのできなかったはずの演奏や感動があって、それは努力を続けてきた今の紗彩ちゃんだから奏でることができるんです。

そんな紗彩ちゃんだから、私の音楽はまず私のためにあるって、このまっすぐで正直な言葉が出てきたんだと思います。



一方で、やはり努力を積み、才能を花開かせ、ひとより優れた演奏ができた亜里砂もまた、私の音楽は、私が演奏する限り、私ともにあると言いました。

すごい自信。そして、亜里砂はそれを実現するだけの努力を重ね、それに見合うだけの実力を持っています。

勝者はガッツポーズをしてはいけないとか、喜んではいけないとか。
敗れた者への配慮が欠けるとか、相手に失礼のないようにとか。

 
 
 
もちろん礼節は大事だしリスペクトは必要ですが、自分をコテンパンに負かせた相手が、何の嬉しいそぶりも見せなかったらそのほうが嫌な気がします。
勝者は無理にでも喜べ!っていうわけじゃなくて、自分に勝ったことをうれしいと思ってくれてるなら、それはそのまま外に出してほしいと思います。

真剣に取り組んできて全力でぶつかって結果負けて届かなくて悔しいのは当たり前で。
ていうか、今までずっとそんなにあんなに頑張ってきてダメだったんだから、今くらいたっぷり悔しがらさせてよって。

その悔しいって想いをわざわざ薄めたり抑えたりしなきゃいけない理由なんてちっともないって思います。


亜里砂のプロ奏者としての自信と矜持にあふれたその在り様は、まさに光の上に立つもののそれです。謙遜だけが美徳じゃない。
 
 

迷いも嫉妬も、才能も賞賛も、賞賛されたい気持ちも期待に応えたいという想いも、どれが正解って決めるんじゃなくて、迷いそのまま全部まとめて肯定して。
 
一番最初、その一番奥にあるのは、私の音楽。自分の音楽なんだよって。
 
誰かの言葉じゃない、音楽に真剣に向き合い続けてきた二人だから、たどり着いた答え。
かっこよすぎません?正直、憧れます。

 

 
そして、ついさっき軽い気持ちで、亜里砂のメモリアルドレスストーリーを見たんです。最高でした。

 
至急政府は大好きの上位互換となる言葉を開発した方がいい。(錯乱)(意味不明)
 
 
 
このドレスストーリーには、私のららマジ史上最好きなセリフが登場します。
いや、好きっていうのも違うかもしれない。最もありがとうなセリフ。

 


 
亜里砂のメモリアルドレスストーリー 
 「トランペット吹きの休日」のより
 
 
「ワタシは時々、今までの自分に吹いてあげることにしてマス。」
「あの時、この道を選んでくれてありがとう。」
「アナタがいたから、今のワタシがイマス。」
「そう伝えたくて、愛おしくて、たまらなくなりマス。」
「それから―」
「今この瞬間のワタシも、未来のワタシに、愛しいと思ってほしい。」
「そう考えながら、吹いてマシタ。」


 


このセリフって皆さんにはどう映るんでしょうか。
普通に「いいセリフだな」って思うんでしょうか。

私の場合には、これが「いいセリフだな」では済みませんでした。

 
自分と同じことを思ってる人が自分以外にもいた…!
って初めての出会いにうれしさとか驚きとかいろいろで、よく分かんなくなりました。


 
この一連のセリフ。私の憧れる生き方そのものなんです。

 
なんて言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、ここ数年間ずっと、今も、私の座右の銘、っていうか、仕事、日常、プライベート、その他趣味、日常全部において、
ずっと「私は死ぬまでこう生きよう」って心に決めて続けてきた在り方そのものなんです。

 

あなたがいたから今の私がいる。
そう伝えたくて、愛おしくて、たまらなくなる。

例えば、スポーツでメダルを獲った方のインタビューで「支えてくれた家族、関係者、ファンの皆さんに感謝の気持ちで胸がいっぱいです。」って言葉はよく聞くし、それもまた正直なまっすぐで本当の気持ちなんだと思います。

けど、自分にありがとうだとか、ましてや、自分を愛おしいだとかってことは、あんまり聞きません。

 

自分で自分が愛おしい。

ナルシストみたいで気持ち悪いですか?

私は本当に素敵だなって思います。憧れます。
なぜなら、そんな風に生きることは、簡単なことではないからです。
 
もちろんこの言葉は、私は最高、周りクソ、なんて意味じゃありません。

自分が納得できる道を常に選び続けること。
そんな過去の自分たちを誇りに思い、また未来の自分に胸を張れるよう今日を生きる。

謙遜が美徳、支えてくれた周りの人に感謝、出る杭は打たれるどころか叩き潰されるこのご時世に。
こまで来られたのは私のおかげです、って胸を張る。

自分本位の自己中発言?
違います。
 

 
例えば、私クソですけど何かwwww?って開き直ってる人がこれめっちゃ感動するからって勧めてくる本読みたいと思いますか?

例えば、ららマジが好きです大好きですって言ってる私が、人に罵詈雑言吐いて他人に迷惑かけてうぇーいしてるクソ人間だったら、そんな私が勧めるららマジ、誰が良いと思ってくれますか?興味持ってもらえますか?

自分を大切にしないということは、自分と繋がっている、自分を支えてくれている大切なものまで一緒に台無しにすることになります。


生きていけば誰だって何か大切なものがあるはずです。
好きな何かがあるはずです。

 
だから、自分を愛おしく思うっていうのは、愛おしい誰かだったり、好きな何かだったり、そんなふうに自分に繋がっている自分の大切なものまで一緒に大切にするってことなんだと思います。


そんなふうに選び、歩んできた過去の自分が誇らしくて愛おしくて
そしてこれから先もそんなふうに生きていくよって未来の自分に約束して。
 

 
 
私もまた、私と私の好きなものたちに胸を張れるような、そんな生き方がしたいと思います。




今までの自分にありがとうを伝える未来の私と約束をする学園RPG 『ららマジ』