いつかの現在地

2019/8/30引越し

過去4

残るのは形のあるものだけで、心は目に見えないから残らない。
過去の苦しみには自信が持てない。



祖母と祖父の諍いは収まらない。

妹は部活で帰りは遅いし、休みの日もなかなか家にいられない。
だから、自分がなるべく家にいるようにしなきゃいけない。母はもう限界だ。
ほとんど行かなくなっていた部活を正式に止めた。
学校が終わったらすぐ家に帰ってきて、一緒にお茶を飲んで話を聞く。争いの中に1人中立としてそこにいて、否定せず、愚痴も悪口も聞き入れる。1階と2階の伝言役になり、それぞれの緩衝材として働く。
言葉に表せばその程度のことだ。

もともと勉強は得意な方ではなく、それなりに時間を取って繰り返さなければ覚えられないただの凡人だ。

僕の学校の成績も少しずつ落ち続けて2年夏には学年の中の下くらいになっていた。


近所の人や帰り道にたまたま小学校や中学の時の同級生に会うと、必ずと言っていいほど聞かれる。

「部活は何をやってるの?」「え、じゃあいつも何やってるの?」「勉強に専念するって感じかー。」「彼女は?」「モテるんじゃないのー?」
何をしていると聞かれてもこれと言って答えられない。特別勉強ができるわけじゃない。彼女がいるわけでも遊び歩いてるわけでもなく、だからといって取り上げるような趣味もない。
自分のしていることは周りの人たちには伝わらない。それが苦痛だった。


5月の連休に母の親戚らが実家に集まって皆で焼き肉をした。
自分より3つ年下のいとこは、勉強ができたしサッカーも得意で、休みの日でもほぼ毎週試合や練習があり、その実力は県選抜に選ばれるほどだった。
その日も遠征の帰りということで遅れてやって来た彼に対し、その場の大人たちは口ぐちに「すごい!」「大変だな。」「がんばって!」と称賛の声を上げ、彼の苦労をねぎらった。そんな彼に僕は何も話しかけることができなかった。


彼は自分なんかよりもよっぽど受け答えや立ち振る舞いが自信に満ちて堂々としていた。今自分が抱いているものが醜い感情で、全く彼に非がないなんてことは分かっていた。
それでも、自分の好きなスポーツに打ち込むことができ、それを皆に称えられ認めてもらえる。そんな彼に僕は嫉妬した。一つとして自分に自信がないと、彼と自分を比べて。

そしてなにより、そんなことを思ってしまう自分が本当に嫌だった。情けなかった。




学校の保健室の先生に相談しようと思ったこともあった。保健室に入るとすでに先客がいたようで、同じのクラスの女子が先生と話していた。

「あれ?珍しいじゃん。どうしたの?」「あ、腹が痛くて。」「冷えた?」「あー、はい多分。」「あと、えっと…、なんていうか…ちょっと悩んでいるというか…」「えーなになに?悩み?あたし実はそういうの得意だよー。話してみ?あ、もしかして恋とか!?」
こんなテンションの中で祖母と祖父の喧嘩が発端で家の状況が…なんて話す気にはなれなかった。
お腹が痛いので休ませてくださいと言って、ベッドに横にならせてもらい、その女子と後からきたもう一人の女子の話を、
寝たふりをしてずっと聞いていた。
あいつからのメールがしつこいだの、男はずるいだの、あきらめるしかないだのと言った内容で、いかに自分が周りの高校生から離れているかを実感させられた。そして、こんなことを言っている人たちに自分の話を理解してもらえるわけがないと、それでいて本当は誰かに分かってほしいという自分がいるのを強く感じた。