心を込めて
上手く歌えるようになりたい。
そのために、あと一年頑張ると決めた。ボーカルスクールにも通い始めた。
なのにまだ迷っていた。
具体的に、自分は何を目指せばいいのか、何のために歌いたいのか。それで何がどうなるのか。何の意味があるのか。
何より。自分にこれ以上何ができるのか
今年1年。本気だった。
その結果が、現在(これ)だ。
正直、上手くなった。
めちゃくちゃに音程を外すことはまずなくなった。快挙だ。
ある程度高い音も出るようになった。だいたいのJPOPは歌唱範囲内になった。
カラオケで歌える歌がない。そんな悩みは過去のものとなった。
音程も合わせられず、声も棒読みで、サビは出ない。
そんな当初から見たら、相当に上手くなった。多分、一般人の平均レベルはある。
逆に言うとその程度だ。
これだけいろいろ工夫して勉強して時間をかけて想いを乗せて、一般人(ひと)がやらないような努力をして、その結果がこの程度(一般人の平均レベル)だ。
これ以上何ができる?
何をどう頑張ったらいい?
そしてそれで何になる?どんな意味がある?
プロになりたい等の気持ちはない。
歌は上手くなりたい。でも歌手になりたいわけじゃない。
自分が大好きな歌を、最高に最高だと思っているその歌を、自分の声を使って表現したい。
好きだという気持ちと、その歌がいかに最高なのかを。
それができる力が欲しい。
そんな理想を抱いてもう5年以上経つ。
現状はどうだ。
はっきり言ってまったく届いていない。指先すら、かすらない。
「上手く歌うことが大事なんじゃない。心を込めて歌うのが大切なんだ」と。誰かが言う。
分かる。
自分自身が、思いのこもった歌声に心を打たれた経験があるから、きっと完全に全部が間違いじゃないとは思う。でも、99%は違うとは思う。
心を込めて歌う?
そんなの誰でもできる。あんたのそれは1ミリも特別じゃない。
想いだけで、人の心を打つ歌が歌えるはずがない。
そんな理屈が通るなら、全国各地のカラオケボックスはみな拍手喝さいで涙なしには聞けないコンサート会場になってるよ。
じゃあ、聞き手に届かないのは自分の想いが嘘だからか、いい加減なものだからなのか。
そんなわけがない。みんな自分の大切な歌を、心を込めて歌ってる。なのに届かない。
想いは、想いだけでは届かない。
心を込めて作った激マズのスープ。
心を込めて描いたへたくそなイラスト。
心を込めて治そうとした無勉強の医者。
心を込めて歌った大好きな歌。
あるいは届くこともあるかもしれない。
好みの問題、逆に味があっていいよ、偶然、たまたま、まぐれ。
けど、何も知らない相手に伝えられる、おいしいと思ってもらえる、素敵だなって思ってもらえる、そんなものを目指すなら、それでいいわけがない。
本番に全力で、心を込めて挑むのは「当たり前」だ。
そんなのみんなそう。違いなんてない。誰だってそうだ。
その本物の「想い」とやらによって日々育み培われてきた技、知識、経験から生み出された「それ」に、心を動かされるんだ。
その想いが本物だっていうなら、磨いてみせろよ。
本番に、全力で、心込めて歌うのなんて当たり前だ。誰にでもできる。
他人(ひと)がやらない日々の努力を積み重ねるからそれができる。
そんな一日一日を支えるものこそが「想い」とか「心」であって、そのマイクに込めるのは想いを込めて紡いできた技術と経験、自分自身だ。
機械的に歌えって言ってるわけじゃない。
多くの「気持ちを込めて歌えばいい」は、逃げでしかない。
努力をしない、伝えるための力を磨かない自己満足な言い訳でしかない
最初に戻って。これ以上自分に何ができる?
これまでだって相当努力してきた。
これ以上自分にまだ何ができる?何が残っている?
できることは…、ある。
まだある。
線を引いていたのは自分の方だ。
プロ目指してるわけじゃないし、さすがにそこまでは、って。
歌手は目指してない。興味もない。
けど、プロとかなんとかは関係なかった。
自分が目指すその場所にたどり着くためにできることは何か。
それが世間でいうところのどの程度のものかなんて測量する必要はなかった。
プロになりたいわけじゃない。
おかげで他人と比べる必要もない。優劣も順番も関係ない。
努力を比べたくてやってきたんじゃない。
自分史上最高の歌声を見つけるための挑戦。
人のことなんて気にしないどうだっていいって言ってるんじゃない。
人に関わることで気づくことも滾るなにかもたくさんある。
誰より下手だとかあいつよりはマシとか、そこに時間をかけたくない。
自分の身体とセンスで行けるとこまで行ってみる。相対評価は後でいい。
向き不向き、才能、限界、遅れ、絶対にある。
自分の一番てっぺんまで磨いてそれでも届かなかったら仕方ない。
でも今はまだてっぺんじゃない。
想いは、想いだけでは届かない。
5年かけてやっと立てたスタートライン。
もう一回、心を込めてやってみよう。