いつかの現在地

2019/8/30引越し

夢の舞台で見たもの

 
前回記事
 
 
 
 
この挑戦には、初めから「今年1年で」という時間制限を設けてありました。
理由はいくつかあります。
 
 
・目的意識を曖昧にしないため。
 本気で頑張ると決めた以上、何か明確なゴールが必要でした。
 
・言い訳にするため
 今年の1月から今日まで、平日帰宅後のフリータイムのほとんどを歌のために使ってきました。他の仕事の勉強やその他のプライベート、いろんなことを後回しにする理由として、今年だけはと自分に言い訳して先送りにしてきました。
 
・聞いてほしい相手がいたから
 おそらく私の歌の根源は「自分の好きを届けたい」からです。
 そして、その届けたい最たる相手が「私の家族」で、その一人である祖母が来年まで元気でいる保証がなかったから。これが一番の理由です。
 
 のど自慢という舞台を選んだのもこれが一番の理由です。
 万が一、本選に出場したなら、家にいる家族にもテレビで見てもらえます。ベッドの上で目を瞑っていてもラジオで聴けます。実家には毎週帰っていますが、昨年の冬の時点で、祖母の体調を見て残されている時間はそう長くはないことは感じていました。猶予は1年。だから来年1年、本気でやろうと思いました。
 
 ただ終わりを待っている彼女の日常に「自分の孫がテレビに出た」という面白い出来事を作ってみたかった。そして併せて、母や父に、これが私の好きなものです。って見せてみたかった。
 
 私の方から積極的に発信もしないけれど、頑張って隠そうという努力をしているわけでもないので、母や兄、もしかしたら妹も、私がアニメやゲームを好きなことをおそらくなんとなく察していると思います。
 が、父はアニメのことをマンガっていうくらい典型的な古いタイプの人間なので、多分、二次元の女の子やいろいろその趣味のことを理解してと言っても難しいと思います。
 
 別にそれでいいんです。初めから受け入れてもらおうとは思っていませんでした。でも、歌という形ならば、伝えることができるんじゃないかと思っていました。
 全力で、好きと楽しいを体現した歌を歌っている自分の姿を見てもらえれば、きっと、その意味は分からなくても、少なくともそれが「くだらないものなんかじゃない」ってことは伝えられることができるんじゃないかと、そう思っていました。
 
 一年という期間制限を設けた裏にはそういう不純な動機がありました。
 
 
 しかし、これは目標というよりも夢みたいなもので、初めから実現できるとは内心思っていませんでした。
 
 だから現実的な目標として、この1年でできることは全部やろう。そしてこの場所で
 
 
 後悔のないように、今までの全部を出し切ること。
 そして、その場にいるだれか一人でも、自分の好きな歌に興味を持ってもらうこと。 
 
 
 それが私の目標であり、この自己満足な歌の挑戦の締めくくりに掲げたものでした。
 
 
 
 
 
 予選会のステージ。
 
 それは、私の想像をはるかに超える場所でした。
 
 
 事前情報として、250組の予選会出場者が20組ごとに分かれて40~50秒の歌唱を本番と同じステージで歌うことは知っていました。
 
 きっと20組以外の出場者は、別室の控室や会場外の体験ブースなどで各々時間をつぶすことになるんだろうな、だから客席にいるのは、その20組の家族とか応援団なんだろうなと思っていました。全然違いました。
 
 客席には250組の出場者とその家族や同僚などがみなそろって座っていました。
もちろん、すでに歌唱済みの出場者はロビーの時差放送で自分の歌っている映像を見たり、順番までまだ時間のある人はお土産コーナーや機材操作体験ブースを回ったりできるので、常時すべての席が埋まっているわけではありませんが、それでも、ざっと300~400人くらいはいたでしょうか。
 
 ステージの中央に一人ライトに照らされ、観客の視線が自分だけに集まり、大ホールに自分の歌声が響く。
 
 
 テレビ放映されないことを除けば、ほぼ本選と同じ、予選会のステージはまさにステージそのものでした
 
 
 
 予選会が始まって、まず真っ先に感じたこと。
 以前の記事で「のど自慢は歌の上手さを競う番組じゃない」と書きましたが訂正します。みな、歌が上手いです。上手い人ばかりです。
 
 番組としては、本番出場者は、全員が歌の上手い人20人で構成されていません。むしろよくこれで予選通ったなと感じるような音痴なひともいます。
 だから私も勘違いしていました。歌の上手い人下手な人、本選と同じくらいの比率で、予選会も構成されているものと思っていました。
 
 番組としては、歌の上手い人だけを選ぶコンセプトになっていない。しかし予選会は別です。予選会に出ている皆さんの歌の平均レベルは相当に高いです。そしてなおかつ、みなステージに慣れているのかもともと目立つことが好きなのか、堂々とそして楽しそうに歌い上げている。私のような極力目立ちたくないひきこもりキャラが来るような場所じゃありません。
 
 テレビを見てると合格者はだいたい3~7人程度ですが、予選会出場者の中から、20人全員を合格者相当の者で揃えることは余裕でできます。ただ選んでいないだけのようです。
 本選に選ばれなかった人の中に上手い人は本当にごろごろいます。ごろごろいるどころじゃないです。上手いのに選ばれなかった人の方が圧倒的に多いです。
 
 おそらく私の歌のレベルは、後で振り返ってみても贔屓目に見てせいぜい250人中220位くらいでした。
 
 その時点で、0.01%くらいは可能性があるかもしれないと思っていた本選出場は絶対にありえないと分かったので、ある意味でいい割り切りができました。
 
 
 
 
 
そして、自分の番が回ってきました。
 
実際、喉の状態は相当に悪かったです。
 
ずっと体調管理には気を付けていたものの、本番の3日前から扁桃腺炎にかかり、薬で紛らわしてきたものの、ステージ横に呼ばれて待機したときには、扁桃腺が腫れているのは分かりましたし、普段なら歌うどころか薬飲んで布団にいなくちゃいけないくらいの状態でした。
 
けど、これがずっと待ち望んでいた本当に最後の舞台です。
自分の身体が雑魚いのは分かっていましたし、今のこの身でできる一番いい歌を歌おうと、覚悟はできてました。それでも、もし声が出なかったらどうしようという不安もずっとありました。
 
 
自分の前の人の番が回ってきました。
私はその2メートル斜め後方に立って、すぐに中央に出られるように待機します。
 
前の組は二人組でスタンドマイクだったので、私にはスタッフから先にマイクが渡されました。
 
重い。それが率直な感想で、急激に緊張が加速したのを覚えています。
カラオケのそれと違う本物のマイク。いつもと違う。ただそれだけでこんなに動揺する。
 
「ありがとうございました」
 
電子音声が流れて前の二人がはけていく。
ステージに立つ、自分の前には誰もいない。
 
番号と曲名を述べる。
 
 
マイクを通した自分の声じゃないみたいな自分の声だけが会場に響く。視線が集まる。緊張が加速する。
聴こえてきたいつものイントロ。何百回と聴いてきたいつものイントロ。
 
「ずっとずっとその先へ」
 
記憶はあんまり残っていない。
歌いながら、声が出た少しの安堵感と、柔らかさのない、ただ出してるだけになっている歌声に焦りを覚えながら。
 
Aメロ。低音域。自分の声が聞こえない?
動揺する。自分に聞こえないだけなのか、周りにも聞こえていないのか。
 
声量を出そうとして歌声はますます棒声になり音程を外す。
 
度重なる「いつもと違う」に動揺が拡大し波及する。歌詞が飛ぶ。
この歌を歌っていて歌詞が分からなくなるなんてこと今までにあったっけ。
 
「ありがとうございました」
 
電子音声が流れ、次の人にマイクを渡し、速やかにステージを下りる。
 
降りたところでアナウンサーとディレクターとの簡単なインタビューを受ける。
30秒もかからずもういいですよと言われ会釈をして会場へ出る。
 
 
 
 
 
 
「散々な出来だった。」
 
直後の、率直な感想でした。
 
 
悔しさもありました。喉が本調子ならもっとという想いも。
結論から言えば、私はこのステージで、実力の10%くらいしか出せませんでした
でもそれを含めて、今の実力相応の結果だったなと思いました。
 
 
私は今まで、歌を磨く練習はずっとしてきたけれど、ステージの上で「実力を出す」実力をつける練習をまったくしてきていなかったからです。
だからこれは、今までやりきったことの結果で、できなかったことは、今までやってことのない部分だなと、素直に感じました。
 
 
 
 
 
そんなわけで、私の最初で最後の最高のステージは、散々な出来でした。
 
でもそれは紛れもなく、今までやってきたことを全部出しきった結果でした。
 
席に戻って、隣の中学生の出場者のお母さんに、「初めて聞いたけどいい曲だね」って言ってもらえました。
反対側の席にいた別の出場者のお父さんには「よかったよ。何の歌なの?」って聞いてもらえました。
 
 
 今までの全部を出し切ること。
 そして、その場にいるだれか一人でも、自分の好きな歌に興味を持ってもらうこと。

 歌声はともかく、私の目標は確かに達成されたのです。
 
 
 
 
これで1年延べ5年半にわたる「私の歌の挑戦」は終わりです。
 
 
のど自慢のグッズを買って、家に帰って、ひそかに予選会に出てきたことを家族に打ち明けて、びっくりされて、それでおしまい。
 
明日からは気持ちを切り替えて、ずっと後回しにしてきたいろんなこと、やっていかなくちゃ。
でもまぁとりあえず今は、喉の痛みも酷いしすでに熱っぽいし、とにかく今は休んで、これからのことはそれからゆっくり考えよう。もう歌に全力を注ぐ必要もない。時間はたくさんあるんだから。
 
 そう思って、20分くらいじっくりと悩んで選んだ、手ぬぐいやぬいぐるみ、お菓子などのお土産を買って、帰路に着きました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なのに、お土産は渡せませんでした。予選会に出たことも言えませんでした。
 
どうして。
 
迷っていました。
まだ、できることがあるんじゃないかと。
まだ、足りなくて頑張れる部分があるんじゃないかと。
 
何より、夢を見てしまいました。
 
夢を終わらせるはずだった場所で。ここならば、と。
 
 
 
有名な曲名がコールされると自然とわぁーと歓声が上がる。観客たちも手をたたいて盛り上がる。それはまるで大きなカラオケボックスでした。
 
その中で、聞いたことのない曲名、シンとした会場、興味のない観客、みんなの知らない曲、でも私の大好きな曲を。歌い、巻き込み、心に残す。
 
 
ここは、それができる場所なんじゃないかと、叶えられる場所なんじゃないかと。
 
13話の美希みたいに、アウェイな空気を一瞬で変えてしまうようなそんなステージが、実現できる場所なのかもしれないと。
 
自分の大好きなこの歌と、あとはそれを形にできる力がもしも自分にあれば。
 
今回出てみてわかりました。予選会のステージは目標にするに足る場所でした。
 
だから、もはや本選云々も必要ありません。
聴かせたい相手がいるならそこに呼べばいい。
 
そんな夢を。
 
 
 
次のステージは、今から1年後。長いです。とても長い
そんな先までもう間に合わないかもしれません。
 
予選会へのハガキ落選率はかなりのものと聞きます。何年も応募し続けてようやく初めて予選会に出られたという話も聞きました。
今回はたまたま選んでもらえましたが、次はどうか分かりません。
 
次の保証はない。そこまで聴かせたい相手がいてくれるかも分からない。
また直前になって体調を崩すかもしれない。分からない。回避できない。
 
 
 
だけど、ここでは諦められない。
それが一番正直な気持ちで、だから決めました。
 
 
続けます。
 
あと1年って決めたけどあと1年。
今からもう1年だけ。
 
変わります。
残りの1年で、どこまでいけるか。
 
歌だけじゃない。このステージで感じた自分に足りない部分、必要なこと。
 
やって届かないなら別にいい。
その難しさを知りたい。そこから見える景色を知っておきたい。
知ってここから立つ人にエールを送りたい。背中を押したい。
 
できることは全部やった。力の限りを尽くした。
本当に心から「ここが自分の山頂」だと納得できるように。
 
 
 
正直まだ迷っています。
 
こんなことを続けていていいのか。
いい加減、将来のことを考えなくちゃいけないんじゃないか。
 
 
でも今は、まだ諦められない。
 
 
別に1年後まで待つこともない。
 
あと3か月、やってみて変わらないならそれはそれでいい。
納得できるし諦める。
 
途中で飽きたらそれでもいい。もうやめる。
すでに終わってもいいくらいのことはやってきた。
 
素人がカラオケで歌うには十分だ。いいじゃんもう。
ときどき気が向いた時にトレーニングするだけで十分だよ。
 
 
でも、今はまだ諦められない。
 
だから、今はまだ、もう少し、納得できるまで、私はこの出遅れた凡人の挑戦を続けます。