苦労と努力
似ているようで、「苦労」と「努力」は全然違う。
そりゃあもうアルミとスチールくらい違う。カカオとおかかくらい違う。
苦労は生きるために。努力は高めるために。
これらを同じものとして見るから、いくつかのつまらない諍いは生まれる。
苦労は必ずしも人を成長させない。
適応はさせる。が、それが望ましい変化だとは限らない。
努力を強要される苦労。苦労しないための努力。
いろいろあるし、結局は捉え方次第なのかもしれない。
変化が望ましいものとは限らない。
固まることが正しいこととは限らない。
生きるためか磨くためか。
そこが決定的な違い。
苦労は生きるため。努力は自分を磨くため。
全部自分なりの解釈で、
辞書すら引いてないからもともとの言葉の定義をはき違えているかもしれない。
しかし少なくとも、
過酷や苦労がその人を成長させるものだとは限らない。